side・『烏丸』



2






気持ち悪いぐらい心の距離の開いた『友人』というのも今日日珍しくないのだろう。
思いやりや尊敬は欠片も無く。目の前の『スズカ』という人間は気まぐれで話しかけてくる。
対する自分、烏丸も似たようなもの。会話を断ると後が何となく面倒臭そうだから聞いているだけ。

子供社会というのは人間社会の縮図だ。嫌なところも良いところも、嘘も本音も同じ位置。
父親の顔立てが終わったら今度は現在でも似たような事をやっている辺り成長性が無いのかもしれない。
其処に若干感じたのはデジャヴだけ。もう慣れてしまって、嫌悪感とかニヒリズムは流石に出ない。
この雑談も、もう何度繰り返しているんだろうか?エンドレスな展開はある種の恐怖だ。

情景は夕暮れ特有の長い影のついた空間。窓の外には夕日とアパート。そして光を反射する広い海。
近くを這いずる蟲の音。広い教室と高い天井。そして部屋の隅で這いずり回る雑音とふと目の前にある自分の手。
生きていると言う感覚がその実最近はあまり無い。 部屋の隅でうずくまる自分という肉の塊。ソレを客観的に見ている視界。
改めて考えてみると俺は何でこんな『中だるみ』の中、学校で佇んでいるのだろうか?動機は若干曖昧気味。

対応するのは此処最近の寝苦しさから目にクマまで出来てる鈴鹿。
こんな状態で態々対話を求めてくる辺り、コイツもどういうつもりなんだろう?
手で髪を弄るのが癖な割に質のいい長髪。大きな目。キツイ表情。
よくも悪くも平坦で特徴の薄い日系人。彼女への認識は精々それだけしかない。

「・・・・で、聞いてます?」

具体的に鈴鹿への感想をまとめると、こうやって一々反応を乞うウザったい奴だ。空気が読めて無いとも言う。
正直先ほどまで色々と妄想していたので内容はあまり聞いていない。唐突に現実へ帰還して面食らった感じ。
それだけ長い間俺はこいつの話を聞いていたのだが、この手の輩にそういう理屈は通用したためしがない。
ここでもし『聞いていない』と言えばコレまで聞いていた意味が消失してしまうので俺はそれに合わせることにした。

面白くもなんとも無いのに他人に合わせるのは結構ストレスが溜まる。貼り付けた笑顔の所為で演技をしている気分だ。
特にコイツの場合は性格の明るさがわざとらしい所為か?対応する自分まで偽者になったみたいな不快感が大きい。
ありていに言えば壁と話している感じ。ロジックで笑う人間は気持ち悪い。まあ自分も人の事いえないけど。

「ああ、きいているよ」

この一言で満足したのか?再び会話へと戻る鈴鹿。貼り付けた笑顔が深くなる。
「単純な女だ」とか内心どこか思う俺はやっぱり嫌な奴なんだろう。いい加減直したい。
そうか映画の話をしていたんだった。たしかクソつまらないファンタジー物だっけ?

よくもまあ、一つの話題で数十分も話しこめるものだ。ある種の尊敬を覚えるよ。
何様のつもりだと思う自分が何処かに居るも、その思考すらどうでもいい感じで白々しい。
今更あのB級映画か。要約すれば『面白くない』と言いたいんだろ?ワンパターンな展開だ。

「で、結局其処が原作と全然違っていて最終的にバッドエンドになっているんですよ。」

「原作ってこの間読んでいたやつ?」

「そうです。妙に分厚かった漫画」

俺が貧乏揺すりをしそうになるたび、スズカは俺に声をかけた。多分矯正しているつもりなんだろう。
コレは言外な警告だと思われる。人間と言うものはどんな枠の中でもいやらしさが見える生き物らしい。
上下関係を明確にしたいのか?あるいは単純にイライラしてこういったのか?おそらくは何となく後者だと思う。
前者のような思考が出るあたりなんだか自分が小物臭い。『どちらが上でどちらが下か?」何時も思うのはそんなこと。

こういう会話は結構苦手。まるで機械じみた哲学的ゾンビ。自分の意思が曖昧だ。
より良くあろうとするが故に、どう反応していいのかがいまいち良くつかめない。
父から受けた影響は今も健在だ。数学のように正解を求めるから強迫観念に縛られる。
従順な分、相手はさぞ気持ちが良いだろう。単純で判りやすい性格。ある意味羨ましい。
こっちはストレス溜まるけど対話をやめたらもっと状況が悪くなるから我慢するしかない。

「あの監督さんは前にも似たような物を作って叩かれてたんですよ。才能が無いとか。」

「客にそう思われる辺りそうなんじゃないの?映画なんてそんなものだし」

嫌悪があるのに拒絶できないところから半分依存が入っているんだと思う。ソレが自分でも忌々しい。
其処に害意があるのに口に出来ないあたり関係が健全じゃないのだろう。対等な関係とはとてもいえない。
動機が不純とはいえ彼女自身は表面上いい人だから、拒絶のタイミングが如何してもずれて行く。
考えてみれば俺も良い感じにヘタレだ。人間関係で傷つくのは当たり前の事なのに、其れが怖くてたまらない。
最近は孤独に関する願望が特に激しいから、他人に必死すぎてまるでストーカーにでもなった気分。

「マンガを原作にして作らせると如何して荒が出るんでしょうね?なんとなく趣味が悪いというか。」

「原作も原作でなんだかグダグダだったしね。無理も無いんじゃない?」

笑顔振りまけばソレで良いんだからコイツが低脳という事実には代わりあるまい。
この受け答えも社交辞令だよ。それに気が付けないあたり哀れみすらわく。
俺の性格も陰険だがソレはあえて気にしない。出来うる限り考えない。

先の現実逃避の理由。数ヶ月前から続く下水からの異臭はドンドン惨くなっている。
俺が『いい人』の仮面を外しかけている辺りどれだけ惨いかが良くわかるだろう。
近くの民家から流れるラジオの音もグダグダとした意味の無い雑音に聞こえて不快だ。
どうせなら緩めの音のゆったりした感じを出して欲しい。ヘビメタオンリーは気持ち悪い。
周りの迷惑を考えろと思いつつ、民家の騒音を容認している俺はチキンなんだろう。
それはこの女に『正直ウザい』と言えないあたりからも何処となく繋がると思う。

「・・・・・・・・・発音がはっきりしてませんよ。聞き取りにくいからいい加減直してください」

「ああ、悪かったな」

自分の望んだ対応がこなかったからってやっかみを入れるのも幼稚だな。まるで小学生みたいだ。
この嫌味な言い方も俺を下の下としてみている証だろう。いい加減死んでほしいよ。本当に。
途中まで会話を聞いてなかったのは痛かった。さっきの台詞で其れがばれてしまった御様子。
だからってこんな遠まわしに嫌味を言う必要があるだろうか?これだから陰湿なのは嫌いなんだ。

たまに居るよね、こういった自己陶酔型って。普段は猫かぶってるあたりちょっとウザイ。態度の差が更にムカつく。
お前の普段の差別意識からすれば、あんな欠陥言語なんて喋れないのが普通なんだろ?対応が露骨すぎるんだよ。
家族でも無いのに『素』を出されても反応に困る。普段演技が上手いだけにヒステリックさが目に余ってしまう。
感情的になると判りやすいボロが出る。コイツのこういう所は大きな悪癖の一つだ。いい加減矯正してほしい。
二、三十秒間会話が途切れる。その『間』がどこか間抜け。静寂に響くのはラジオのBGMとボールペンの音だけ。

「・・・え・・・っと・・・」

漸くこちらの『白い目』に気が付いたのか?あるいは突然の『間』に戸惑ったのか?
アホウドリの泣き声みたいな間抜けな音を出した後、しばしスズカが押し黙る。
又も俺はボールペンをカチカチ鳴らして暇を潰す。対する鈴鹿は思案顔だ。
ラジオの音に妨害されず、ソレが良く響いたので何処か嬉しい。意味の無い喜び。
どうでもいいことにこだわりを持つのは多分暇だからだろう。なんか欝だ。

「ああ、そういえば烏丸さん。アレ解決したんですか?」

「アレって何?」

会話にアレとかコレとか増えたらもう末期だと思う。主語はせめて使おうよ。阿吽じゃないし察せない。
こういう言い回しをするときは、大抵コイツが自分の親切を押し付ける前兆なので顔が歪む。
なんとなく怠惰な空気が濃くなった感じ。そう思うのは勘だけど、多分間違ってはいない。

「戸籍登録時の名前ですよ。確か此処に来てからずっと、ほったらかしのままでしたよね?」

「ああ」

そうやって、もったいつけて言い渡された内容は半分予想通りのクソつまらない説教。
面白い話を一ミクロンでも期待した俺がアホだったよ。いつもするのは堅苦しい話だけ。
思えばコイツが面白い話をしたことなんて何度あっただろうか?ソレをほんの少し思い返す。

『この会話か、いい加減飽きたな』確か何十回目だったか?コイツもいい加減しつこい。
そう思いつつ未だ解決していない俺も俺だ。だから会話内容にコレが来たんだろう。
合点がいったように相槌を打つと同時に首を激しく横に振る。視界がグルングルンと入れ替わった。
頭が重い、何で昔の人間はNOのジェスチャーに首を振ることを考えたんだろう?
ひどく疲れるとそんなことすら愚痴ってしまって嫌だ。頭が重くて首がズキズキと痛い。

「もう少しシャキっとしてください」

この腐れ尼言ってくれるな。さも自分のほうがしっかりしていると言う口ぶりじゃないか。独善此処に極まりだ。
いつも自分が正しいわけでも無いだろうにこの言い方。自信過剰が過ぎると思う。何処からこの感性が来るんだろう?
彼女の持つ自分を疑わない思考は老害に近いものを感じる。祭り上げられて調子に乗った末路とも言う。
こうなった彼女が悪いのか?こうさせた周囲が悪いのか?いずれにしても感覚論でモノを語らないで欲しい。

「役所に行くのが面倒なのは判りますけど後で絶対問題になりますよ?
戸籍上五十嵐も違和感あるでしょう?何かと面倒くさいことも多そうだし」

「まあ、そりゃね」

2011年現在、最高の都と自称する『イースシティ』。窓の外からはその発展具合が良く見える。
合衆国に位置するこの町に数年前移民してきた理由は何だったのか?今ではまったく思い出せない。
日系人が少ない町だから移民理由をよくよく聞かれるのだけれど。思い出せないのはいつも同じ。
欠片も出ないその記憶は壊れた歯車のように思考を停滞させていた。イメージ的には小石が詰ったような感覚。
叔父と同居している現状。戸籍が誰かと入れ替わっている事実。わかる事はただその二つだけ。それ以外には何も無い。

特に理由もないのに面倒くさいと放って置いた辺りから、度し難い馬鹿だと自分でも思う。
あんまり物を考えないあたり、脳が退化しているんだろう。自分が劣化していく感覚。
『お前は俺の親か?』スズカに文句を『思う』のは一応忘れない。言う覚悟は正直無い。

「人間堕落するのは楽ですし。そうやって油断してると直ぐ駄目人間になりますよ」

「肝に銘じておくよ」

その意見には同感だが鈴鹿に言われると無性に腹が立つのはなぜだろう?やっぱり嫌いだからか?
結局反省は言葉だけ。まあコレが俺のベーシック。こういう保守的な人間ってやっぱり苦手だ。
なんで一生をダラダラしてちゃいけないのか?これだから世の中って理不尽に感じられる。

『価値観は成人するまでに溜めた偏見の塊』昔の本のフレーズを少し思い出してみた。
俺は個人主義、彼女は集団主義。なんでそんな簡単なことがコイツには理解できないのか?
思い出すのは昔一緒に生活していた父方の叔母だ。言ってることの要点はコイツと大体同じ。
世の中には自分の考えを押し通そうとする馬鹿が多すぎる。出る杭を打たないと気がすまないらしい。
俺がコイツに性欲を抱かない理由も其処にあるのかもしれない。生理的にコイツとは合わないのだ。



間が更に発展して次に来るのは沈黙。会話と会話の節目はいつもこんな感じ。このグダグダ感がたまらない。ワンパターンだ。
相手のコミニケーションを受け流すと何時もこうなる。会話がしたいのか?突き放したいのか?結局取る行動は無言の拒絶。
戦争映画のとあるシーンを何処か思い出す。銃撃の合間偶然訪れた静寂。その静寂に耐え切れず狂いだす兵士。
この現実にそこまでのロマンは無いけれど。同じスタイルで張り詰めた空気はなんともいえない強迫観念を少しだけ生み出した。
世界が過敏に感じられる。臭くて不快な匂い。五月蝿くてイライラするラジオ。眠くてぼやける視界。 空気が何処か居たたまれない。

喋らずに会話の終了を待っていたら、ようやくスズカが席を立つ。

話しづらい空気を作り出してから計30分。沈黙からは数分。長いとも短いともいえない会話時間。
いい加減ダラダラした態度を正さない俺に嫌気がさしたのか?あるいは単に時間がやって来たのか?
なにかしらの感情もスズカは顔に出していない。表面上はこの空気に飽きて席をたったみたいだ。
事実内心の9割以上はそうなのだろう。少しばかりの疲れが彼女から垣間見える。今更少しの罪悪感。

「・・・・・・・・・・・・・・もう帰ります」

「そう、バイバイ」

別れの挨拶はあっけなく。失望したように吐き捨てて行く感じ。玩具を放り投げる子供にも似ている。
最後に残った彼女の音はドアが閉まる無機質な音で、その後静寂も又あっという間だ。
今日も漸くコレが終わったか。何時も何時も何が楽しくてこんなことをしているんだろう?
いい加減彼女も世界観の押しつけを止めれば良いのに。アレもいい加減未熟なのか早熟なのか?
俺は前者だと思うのだが世間一般の常識だと彼女が後者になるから世界は不思議な感じ。

「なーんか疲れた」

睡魔と疲れで意識が釈然としない。脳のシナプスが支離滅裂になって変な回路に繋がった。
すぐ帰るのもだるいし、机に顔を埋めてみる。木の冷たさがなんともいえない。凄く気持ち良い。
自分の内面に浸ってみると目立つのは、流れ続ける民家のラジオと裏から聞こえる電車の音。
イースの町はこうも活気があるのに此処まで自分とテンションの差があるのもなんか不可思議。
最近は生活習慣がグダグダ。この過剰な疎外感もその影響なのかもしれない。人肌が恋しい。

「・・・・・」

疲れからか?今が何月かも脳内ではっきりとしない。曜日だけが辛うじて海馬にある感じ。
この感覚も何時からあったのだろうか?確かこの町に来たときには既にあったと思う。
此れも数年前からと結構時期が長い。今では家族の顔すらハッキリと思い出せない辺りコレは重症だ。

「うわ・・・・・ダルイ」










side・『洋子』





3





周りを確認すると私が居るのは廃病院の検死室のような寂れてごちゃごちゃした部屋だった。
おそらくは何年も使っていないのだろう、センチ単位で埃が地層になっている。気持ち悪い。
まったく。遠い過去の潔癖症を私はいったい何処にやったのだろう?自分が自分じゃないみたいだ。
特に水の合わない外国ではソレが過敏だったというのに。今ではその面影すらも無いではないか。

廃退的な廃墟というのは見方によっては芸術的だ。反面こういう不潔さは芸術性の真逆を行ってしまう。
そんな曖昧な感性もあって、こういう不潔なところで寝ている自分にホンの少しだけ自己嫌悪も沸いた。
なんだか思考がはっきりしない。そう、自分はたしか作戦中に小休止を取ったんだっけ?

右足の関節がきしむ。おそらくは寝違えたのだろう。動くたびにポキポキと音を立てるソレは神経に鑢を掛ける。
寝苦しくなる理由など星の数ほど用意できそうだが、ソレでも先の思考もあって、此処の衛生を疑ってしまいそうだ。
記憶の細部はハッキリしない。ここが就寝時、寝ころんでいたベッドなのかもハッキリしない。頭の中がボーっとする。

寝起きに状況を確認する職業病にもいい加減うんざりだ。現在時刻は午後7時前後、潜入先内部の時刻も略同様と推測される。
ここ数日続いていた雨は相変わらずで、湿気は最高潮に達していた。いい加減ダルイ。曇り空でもいいから雨の無い日が来てほしい。

外の雰囲気は、町全体が通夜でもやっているような陰湿さを孕んでいた。根暗な風景だ。
隣接した民家から唐突に聞こえたのは物を投げるような音。そしてヒステリックな声。
ストレスが溜まったからといって大きな音を出すのは止めてほしい。本当に心臓に悪いから。

「・・・・・今日もなーんだか殺伐としているわね」

相も変わらずバイオレンスな日常。いったい私は人生の選択肢をどこで間違えてしまったんだろう?
私の知っている正常と今の状況は似つかわしくない。今の現実はまるで安っぽい悪夢のようだ。
こんな毎日が普通な私もやっぱり正常じゃないんだろう。機械のような単調な日々が最近は恋しい。

昔は餓鬼のように『非日常』を望んでいた気もするが現実とはその実こういうもの。
環境に適応してしまうと非日常は神経をすり減らすだけの『日常』でしかない。
習慣となった自己憐憫。陶酔しやすいタイプだなと、我ながらいつものごとくそう思う。
こういう感覚も確か今月で何度目だっけ?十一回目まではなんとなく覚えていたが。

「嫌な匂いも相変わらずか。・・・・・臭い臭い」

薬品のにおい。自分の体から発する異臭に突然違和感を覚えた。やはり寝ぼけ眼の所為か?何時もより思考が鈍い。
時計を見て、予定より数刻早い目覚めに軽い欝になる。最近は睡眠のリズムが乱れがち。起きるのが早すぎた。
こういう唐突な目覚めが週に一度のペースで最近は来てしまう。ソレを理不尽に思う気持ちも最近は薄れた。
ずば抜けて健康的なわけでも、そんな若いわけでもないから生活習慣を軽く直すのはやっぱり慣れていない。
今夜あたり来るであろうしつこい不眠に今から苦渋の表情を。人間に生まれるとこういうところで本当に損だ。

もう少しポジティブに生きたほうが得だとも思うが自分自身こういう人間なのだから仕方が無い。コレに関してはもうとりあえず諦めた。
気配を察するに室内には私と同僚の二人だけなのだろうか?雨の日は感覚が鈍るのではっきりしないが、流石にこれは正しいと思う。
これは呼吸音其の他からくる推測。アイツの呼吸音は妙に良く響くのだ。けして私の感覚が過敏だというわけでもないのに判ってしまう。

状況から察するにこの同僚が不可解な起床の原因か。何時も何時もイライラする。
『はた迷惑な』と思いつつ、ソレを止める手段も無いのが腹立たしいところだ。
此処で苦笑なんてする辺り、自分もこいつ等に毒されているのかもしれない。

洗脳という毒々しい単語が頭を過ぎったがそこに不思議と嫌悪感は無かった。
自分自身の立ち位置が個人主義から集団主義に変わっていくような、そんな奇妙な感覚。
あえていうなら宗教にも等しい。人為的に与えられた孤独からの開放。人為的な依存。
頭で判っていても感情は制御できない。どうしても媚びてしまう。他人の良いとこ取りに余念が無い。

「あんたの仕業?睡眠障害は知っているでしょ、起こさないでよ」

「目覚めて早々わるいけど予定が変わったわ、来てくれる?」

ボサボサの髪をした同僚は異様な薬品臭を漂わせて、それでも品の有る顔立ちを髪の間から垣間見せている。
見た感じには体格も細身な感じで、髪さえ整わせれば、『若干』を付けるまでもなく文句なし美女に見えるであろう彼女。
対する私の泣き黒子とカサカサな肌は何とかしたいと思う。出生ゆえか?コンプレックスが沸くのをどうしても抑えられない。

ショートでわざと童顔に見せているにもかかわらずその鋭い目で威圧的に見える私の立場なんてどうだろう?
比較対照と並ぶと向こうさんの童顔と相まって余計に冷たいキッとした顔に見えるのはなんともともしがたい処である。
自分自身嫉妬深いのかもしれない。昔、犬に似ていると言われたが嫉妬深いその性根が似て見えたんだろうか?

脳味噌はぼんやりしているが体は妙にすっきりしている。おそらくは寝ている間にそんなタイプの薬品を塗られたのだろう。
まったく、人権も何もあったもんじゃない。コレに関しては改善のしようがないのが悲しいところ。合理性の一言で無視される。
本気で改善するぐらいなら職を変えたほうが労力としてはたぶん少ないと思う。実利優先な辺り、喜ぶべきか悲しむべきか?

長い付き合いだからとやかくは言うつもりはないけど、少し遠慮を覚えてもらいたい。頭の中では若干愚痴がもれたりもした。
やはり人間、感情の生き物なんだろうか?理解しているのにこうやって愚痴が漏れるあたり理性とは自己正当化からの幻想らしい。
愚痴を口に出す前に自覚したのは、自分の中に渦巻く二十歳(はたち)過ぎての青臭い思考。そして若干の赤面。自重しろ私。

「例の集団、予定よりも早く動き出すみたいなの、早速出てもらうから準備してね」

「・・・・・・・私は一応諜報員のはずよね?なんでこんな厄介事ばかり回ってくるのよ?可笑しいじゃない」

「ホントね」

嫌味は流され愚痴は無視される。マイペースな人だ。年上の癖に人間関係慣れていないんだろう。
思った事をそのまま話してソレを悪いと思わない。長所でもあり短所でもある無神経な性格だ。
他人の顔色を伺わない辺りは少し羨ましい。調和に苦しまず我を貫ける立場。成り代わりたいものだ。



状況は何時も通りベターな展開。よほど急いでいるのか?この場で準備を始める模様。
筆記用具に記録を書き、用途不明の機械をガチャガチャ動かす様は少々アナクロだ。
キャスターに乗せられた機械類はこのオンボロの建物に相対して何処かアンバランス。
計器からしてハイテクってわけでもないがこの廃屋に比べたら数世紀はマシに見える。

「・・・・・人に薬品塗ったり重い機械動かしたり。貴方この仕事楽しいの?」

「楽しくは無いわよ。でもソレが人生でしょ?」

ふと思った疑問を言えば予想以上に重い台詞で返された。何時もながら洒落の通じない奴だ。
無言のまま彼女に付き従い狭く不潔な隣室へと足を運ぶと唐突に飲まされる薬剤。ついで強烈な睡魔。
カプセル式なのに即効性があるのはカプセル自体にナニカ効能があるからなのか?小さな疑問もふと浮かぶ。
多分、先に塗られた薬品の効能だろう。まあ素人の憶測だし、当たっているかはかなり怪しいところ。

曖昧な意識の中、真下に用意されていた壊れかけのソファーが私の体重でほこりを上げた。
なんでわざわざ部屋を移る必要があったのか?そこら辺のコイツの思考は謎である。
又例の『何となく』だろうか?コイツのこういうところは何時まで経っても理解できない。

こういう奇行なくしてほしい。こんな組織だから実際には合理的なんだろう。それでも無駄に見えてしまう。
苦情を発そうとするも舌が痺れ呂律が回らず、おまけに『喋らないで』と、駄目出しまで食らってしまった。
たしかコレも何回目だっけ?今ではその回数すら正確には思い出せない。過去何度も繰り返されたこの儀式。
予告なしに潰れる視界も今となってはもう慣れたもので、こちらの反応も条件反射の域にいたってしまう。

「死ぬ準備はいい?」

「聞゛くま゛でも無゛いことで゛しょ゛う」

物騒な問答だ。その後返答と同時に打ち込まれたのは注射針。意識と『自分』が徐々に無くなっていく。
仕事も行動も無駄に速い。『我が過ぎると他人に嫌われるよ』そう思う私と、反面どこかソレに慣れた私。
脳が壊れ、馬鹿になり始める辺り、自身が有機物の機械だと自覚させられる思いだ。若干嫌悪が出てしまう。

自己も自我もそう悲観するモノでもないのに。やはり自身達を特別に不幸だと思いたがるのは人の性なのだろうか?
どう足掻いても自分の本質は変わらないのに、それ以上の価値を求めたがる。有機物の機械よりそれ以上を。
魂の神秘性を否定すると、人命が安っぽく見える気がしてそこいらは少し嫌だった。人体が肉の塊に思えてくる。
当然というべきか?これから戦場に出るという思いもこの思考を助長していた。これから死体を見るという畏怖。興奮。
深く考えるのはやっぱり止めたほうがいいかもしれない。こんなものは何時までも泥沼で。かつ、どこまでも意味がない。

何かをさかのぼる感覚。深層心理の海を漂い自分自身のへその緒を辿る。自我を虚ろにさせながら内側の更に深い部分へと沈んでいく。
深層心理のさらに奥にある集団無意識。その更に奥にあるガイアという生命の基。オカルティズムで言う神と内部からの接触を開始。
無論コレは概念的に捉えた私の妄想だ。しかしソレが本当にも思えてしまう。自分が新しい入れ物へと入っていく感覚。イメージは転生。

私の脳がだんだん馬鹿っぽくなっていくのも自覚が出来た。自分の名前すらも曖昧だ。客観的に見てもヤバイ。
自分自身の劣化というのも、ソレ相応な恐怖が有るもの。今更ながらにズレた思考が脳裏をよぎる。気持ち悪い。
若干の苦笑を薄ら浮かべた処で自我喪失の恐怖が私を覆った。深層無意識の抵抗感。この異質な感覚がたまらない。
黒い視界。激痛。虚無感。快楽。孤独感。万能感。リピドー。デストルド。自我が侵食されてろれつがなかなかまわらなi。
じじぶんのかたtiわからららなくなってててわああわわわたしががががががなくななななななr・・・・・・・・・・・・・。







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